銀河


『われらに要るものは 銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である』
五木寛之は随分と昔から養生について書いている。最近も喉の違和感を感じながら、相変わらず病院には行ってないようだ。人は過ぎてしまえば忘れてしまうが、痛みや違和感は常に訪れる。明らかに重篤な問題でなければ、それはよくわからない、漠然とした不安としてどこかに残っていく。宮沢賢治がロングコートにボーラーハットで佇んでいる有名な写真がある。老成した佇まいなのだが、彼が死んだのは37歳だった。養生とは自分の身体の声を聴くことである。宮沢賢治は自分の声は聴こえず、他の人の心の声ばかりが聴こえていたのだろうか。
『まづもろともにかがやく宇宙の微塵となって 無方の彼方にちらばろう』
宮沢賢治の宇宙意志だが、どこかアーサー・C・クラークの”幼年期の終わり “や小松左京の”神への長い道”を思わせる。それは現在ある人の姿は、やがて宇宙と一体化するための準備段階である蛹の状態なのだという世界観だ。仏教の三千世界は私たちが認識するこの宇宙のことだが、孫悟空が出られなかった釈迦の掌の内にあるのが銀河系であり、無数にある他の銀河には無数の他の仏がいる。宇宙の果ての向こうにはまた別の宇宙が存在しているのだ。宮沢賢治の仏教観は死後にある天国や極楽浄土などではなく、現世の幸福を考えることだった。自然の脅威の中では、人は無力だ。しかし想像力さえあれば、苦難に喘ぐ農村はイーハトーブという理想郷であり、なんでもない河原はイギリス海岸になり、原野である種山ケ原も岩山の早池峰も特別なものに変貌した。幸福であるために必要なものは詩や音楽や演劇などの芸術であり、日常から非日常へと誘う祭りだった。そこには聖だけではなく俗の悦びも確かにあった。
若い頃に読んだ”星の王子さま”を思いだした。曖昧な記憶で間違っているかもしれないが、王子さまの暮らす小さな星に美しい一輪の花が咲く。彼はその花を大切にするのだが、その事に囚われ、振り回されることに疲れて旅にでる。やがてたどり着いた地球の砂漠で、サン=テグジュペリと思える不時着をした飛行士と出会い、地球ではあの星では特別だった花が無数に咲いている事を知る。その時彼は、特別でもなんでもない、どこにでもあるありふれたものだがらこそ、そのひとつひとつがなくてはならないものなのだと気づく。そして、たったひとつの存在とまた出会うために、星に還るのだ。
郵便受けに『60歳代、70歳代からのお仕事 警備員募集』のチラシが入っていた。テレビの天気予報は『熱中症に注意し、部屋ではエアコンをつけ、不用の外出は控えましょう』と言っているが、休日に歩いていると、真夏の炎天下も冬の凍える深夜も、どこの現場でも見かけるのは私と変わらない年齢の人たちばかりだった。生物学的には人種など存在しないが、国や性別や年齢に関係なく、地球上の至る所で困難や苦境ばかりがある。しかし現世の幸福はそのすぐ隣にもあり、いつか還ることのできる星は、誰にでも等しくあるだろう。