真夏


真夏の真夜中に日本酒を飲んでいる。”プカプカ”という西岡恭蔵の広く知られた曲がある。この曲が”ディランll”名義で最初に発売された時は、”みなみのぶるうす”という副題がついていた。この”みなみ”は、ジャズシンガーの安田南の事だとあの頃の誰もが思っていた。本人は迷惑だったかもしれないが、安田南と交流のあった写真家の中平卓馬森山大道黒テント佐藤信や斉藤憐、映画監督の若松孝二足立正生山下洋輔トリオのような名前を聞き、煙草をくわえた挑発的な写真をみると、”プカプカ”の歌詞のイメージと重なっていった。その頃彼女は片岡義男とラジオで”きまぐれ飛行船”という深夜放送の番組をやっていて、時々聴いていた。その時の印象は、思いついた事をそのまま語り笑う、明るい自由人だった。
片岡義男は当時、角川文庫から大量の小説が出版され、いくつかの作品が映画化もされていた。そのラジオ番組で記憶にあるのは、オートバイの名車のエンジン音を聴かせて、その違いと魅力を語る回だ。彼は表層だけに興味があり、スタイルに意味を求めていた。確かにスタイルは世界を変える。しかし時代もすぐに変わっていく。大量に発行された彼の作品は、今はブックオフの棚でもみかける事はほとんどない。
”プカプカ”はその後も多くの俳優たちによって歌い継がれている。歌詞には自由と刹那があり、その無常感に共鳴する部分が多いからだろう。まだ都心に行っていた20年くらい前だったか、新宿ゴールデン街の店に入ると、全共闘の頃と変わらない話をしている少し上の世代がいて驚いた事がある。状況劇場や流山児祥の芝居は花園神社で観た。街は迷路であり、時空も歪んでいた。今は”MIYASHITA PARK”になってしまった渋谷の宮下公園は薄暗くて人もおらず、一杯やるには最適の場所だった。飲んでいるとホームレスの人が、「近頃は物騒な連中もいるから気をつけたほうがいい」と言いに来てくれたこともあった。もう街に妖しさやいかがわしさはない。真夏の真夜中、とりとめのないことを思い出しながら日本酒を飲んでいる。