誰かが


『宗教や伝統的美徳の中で最も確実で確固たるものにみんな戻っていいのだと思うーつまり貪欲は悪徳であり、高利の収奪は不品行であり、金銭愛は軽蔑すべきもので、最も着実に美徳と正気の叡智の道を歩く者は、未来のことを最も考慮しいものだ、という美徳だ。私たちは再び手段より目的を重視するようになり、便利なものより善良なものを好むようになる。今の時間、今日という日を美徳を持って立派に活用する方法を教えてくれる人を尊ぶようになる。物事の直接の楽しみを見いだせる素晴らしい人々、働きもつむぎもしない、野の百合のような人々が尊敬されるのだ』経済学者のケインズが90年前に描いた100年後の世界だ。

しばらく前に、ETVの番組に35歳で台湾のIT担当相に抜擢された、トランスジェンダーでもあるオードリー・タンが出演するというので観てみた。アナログの世界にいたい私も、デジタル時代の民主主義や経済を知りたい。投票行動をとる事があたりまえになるために、多様な問題の対処方法への投票をポイント制にしてみたという。ネット上の投票で、それぞれが99ポイントを持つことができる。それを正方形である100コマにし、正方形の大きさで割り当てて投票するというものだった。最小は4コマで、一回り大きい正方形は9コマになる。持っているポイントは100ではなく99なので、最大では81コマの正方形になり、最低でも18コマは他の意見に投票することになる。そこでは物事を白黒で決めつける思考停止を防ぎ、異論を検証するようになるだろう。ネット上で、人口の半分くらいの人が投票行動を起こしているということだった。そして台湾の実際の選挙の投票率は75パーセントにもなっているのだ。
彼は「GDPや生産性の数字で経済を語る時代はもう終わる」とも語っていた。膨大な時間をとられ、経営を圧迫する電話での応対などはまずAIにかわるだろうし、製造、販売、営業をする人もいつか必要なくなるだろう。しかしその時、ケインズのいう理想の社会があるようにはとてもみえない。多くの国が貧困や飢餓の真っ只中にあり、格差は広がり続けている。それでもオードリー・タンはケインズのいう100年後の世界には「まだ10年もある」と言った。世界幸福度調査で、先進国の中でも極端に幸福度の低いこの国では、理想や希望を語る若い人を見ることは少ない。ましてや政治の世界には絶望的な光景がある。今みえている光景が『恥ずべき事だ』と言える社会をつくるのは、沈黙を続けている若い人だ。
私がまだ若く何も持っていなかった頃、どこへいってもパンを、酒を、一本の煙草を渡してくれる誰かがいた。誰もが良い旅をと。あなたも良い旅を。