BC


生きている間に”ブリーダーズカップ(1日目は2歳G1・4レース、2日目は3歳以上G1・9レース)で日本馬が勝つ日が来ることは、”凱旋門賞”よりも難しいだろうと思っていた。今年は牝馬の芝のG1である”BCフィリー&メアターフ”に出走した”ラヴズオンリーユー”は勝つ可能性は充分あり(日本発売の馬券では1番人気)、実際に脚を溜めた川田の好騎乗で勝利し、彼の泣いている姿も印象的だった。驚いたのは牝馬のダートのG1である”BCディスタフ”に出走した”マルシュロレーヌ”だ。アメリカはダート競馬が主流で、レースは超ハイペースの消耗戦になる。力尽きた者が脱落していく流れの中で4コーナー手前で先頭にたち、そのまま鼻差押し切った。この馬は地方競馬との交流重賞に出走していてJpn2,3での勝ち星はあるが、Jpn1(交流G1)を勝ったこともなかった。このレースは日本での馬券発売がなく現地では最低人気だったが、もし日本で馬券が発売されていたとしても、それほど人気にはならなかっただろう。海外のレースの馬券発売は年度ごとの年頭に農水省に申請することになっていて、今年は日本馬が出走する可能性の高い30競走だったが、まさか”BCディスタフ”に出走する牝馬がいて、まして勝ってしまうなどとはJRAも思いもよらなかったのだろう(BCで馬券が発売されたのは芝のG1の3レースのみだった)。しかし競馬はわからない。能力はあってもレースでは本気で走らない馬もいるし、突然覚醒する馬もいる。いつまで観られるのかわからないが、”BCクラシック”を勝つ日本馬をみる日があるかもしれない。
翌週の国内では、こちらも牝馬のG1である”エリザベス女王杯”があった。10番人気の”アカイイト”が勝ち、2着は7番人気の”ステラリア”で、どちらも”キズナ”の産駒で3世代目での初のG1勝利だった。”キズナ”は東日本大震災の翌年にデビューし、次の年のダービー馬になった。同年の仏遠征の”凱旋門賞”では4着だったが、その後は骨折などの故障が続き、再度の”凱旋門賞”挑戦は夢に終わってしまったが、人気があった馬だ。今の競馬予想は細かいデータばかりを目にするが、もし寺山修司が予想をしていれば『コロナ禍で仕事を失い、家賃も学費も払えなくなった女子学生がふと新聞の競馬欄をみると、震災後の小学生の頃に目にして印象に残っていたキズナという名の馬の娘たちが出走している事に気付き、その2頭の馬単を裏表100円ずつ、なけなしの200円で馬券を買ってみる事にした』という物語になっていただろうか。実際に、キズナ産駒という事で抑えておいた人もいるだろうが、馬単は13万になったのだ。3着には9番人気がきたが、キズナ産駒の2頭を1,2着にし3着に9頭(なら入れられる)を選んだ3連単18点1800円を買い足しておいたとすると、3連単は339万になった。もし馬券を買い、その2頭が来なかったとしても、負ける事で人は変わり、だからこそ人生は楽しい。競馬場には起こりうる想像の物語は無数にある。そしてその物語は通俗的で陳腐であってこそいいのだ。