100円馬券の愉しみ


コロナ禍になる前は、競馬の日曜重賞は何十年も欠かさずに買っていた。緊急事態の後はウインズも再開したのだが、まん防がでている間はモニターの放映もなく、喫煙所などもすべて閉鎖されていた。マークシートに記入しておいて、馬券を買うとすぐに出てくるのだが、その後は酒を持ってフラフラするわけにもいかない。足が遠のいていた時期もけっこうあった。春のG1が始まり、まん防が終わって、ようやく競馬を楽しむことができる時間が戻ってきた。
春のG1はチグハグな馬券が続いていたが、ヴィクトリアマイルは同距離の前年の桜花賞のタイムを素直に信じて、3連単の1着ソダシ、2着ファインルージュ、3着に11頭の11点買い、ダービーの3連単は1着ドウデュース、2着にイクイノックスとダノンベルーガ、3着に7頭の12点買い、3着にきた田辺のアスクビクターモアを軸に相手7頭で買った3連複は21点買いで的中して一息ついた。たいしてプラスにはなっていないが、酒や煙草を買うくらいはできる。
ヴィクトリアマイルは3着が写真判定になって焦った。4着だった田中勝春騎乗の最低人気の馬が3着になっていれば59万の馬券になっていたが、買っていない。しかもウインズに向かう電車の中では、3着にあと5頭を加えて総流しにしようと思っていたのだ。しかし鉛筆の置いてあるカウンターはマークシートを記入する人で埋まっていて、面倒になってしまったのである。もう15年以上も前のメイショウボーラーの初ダートのレースを思い出した。その頃は1点200円か500円程度で馬連を買っていた時期だ。メイショウボーラーは3番人気だったが、初ダートでも圧勝もあるだろうと馬連で手広く流しておいた。開催場ではない東京競馬場で馬券を買ったのだが、発送時間まで馬柱を眺めながら、のんびりと蕎麦を食べていた。すると買っていない他のヒモ馬が気になってきた。締め切り時間寸前のことだ。総流しにしようと急いで買っていない馬の番号を記入して、何とか買うことはできた。メイショウボーラーはあっさり勝ったのだが、馬券を見ると2着にきた馬の番号だけが抜けている。その時に2着に来たのがやはり田中勝春騎乗の最低人気の馬で、馬連は17万ついたのだ。今回もまたずっと忘れられないレースになるところだった。
ダービー馬になったドウデュースだが、井崎脩五郎がコラムで母の名について書いていた。その名はダストアンドダイヤモンズ、灰とダイヤモンドだ。『灰とダイヤモンド』はアンジェイ・ワイダポーランドレジスタンス運動を描いた映画で、前作の『世代』『地下水道』とで”抵抗三部作”といわれている。秋には戦渦に近いフランスのロンシャン競馬場で、灰とダイヤモンドという名の母を持つドウデュースが奇跡を起こしてくれるかもしれない。
町はどこにいっても再開発が進んでいる。しかし新しい施設などに人が集中するほど、まったく人気のない隙間のような場所がたくさんある。そんな場所のベンチの周りには缶チューハイのストロング缶や煙草の吸い殻が散乱していることがある。感情は伝染する。そんなところからは速やかに離れて、野良猫がゆったりとくつろいでいる幸福な場所を探したい。そして、ポットに入れた日本酒を猪口でちびりとやりながら、ラジオの競馬中継を聴いている。至福の時間だ。