カッコーの巣


仕事が終わった深夜、一杯やろうとテレビをつけるとETV特集が流れていた。福島原発の帰還困難地域に5つの精神病院があり、そこの長期の入院患者のほとんどすべてが転院先で入院の必要なしとされたというのだ。世界中の精神病院の病床の2割が日本にあり、入院をすれば退院ができなくなる。優生保護法と同じように経済成長期の日本の、役に立たない者を排除する政策は国連から人権侵害だと是正を求められた。そして今も当たり前のように、 威丈高で稚拙な言葉が世界中に溢れている。
20代の終わり頃の事だ。その日暮らしをしていた僕は都心の駅で偶然、高校の同級生だったSさんと再会した。結婚をして湾岸のマンションに住んでいるという彼女は、同級生だった友人に声をかけるので、一度私の自宅で飲みましょうと言った。連絡があり訪ねてみると、陶芸家などそれぞれの道を頑張っているという同級生たちの中に見知らぬ顔があった。その人は詩を書いているといい、出版したという詩集を渡された。Sさんは、何かをやろうとするわけでもない僕と、彼女とどこか似たようなものを感じてよんだのだろうか。繊細な道化にみえた彼女が自殺したという連絡があったのは、それからしばらくたってからの事だった。その後何年も過ぎ、店を始めていた僕は突然やってきた鬱に悩まされていた。あの時Sさんが、「不安定な時期があった」と話していた事をふと思い出し、連絡をしてみた。すると彼女は、「男が入院をすれば、でてこられなくなるよ」と言うのだった。その頃だっただろうか。店のお客で酒を飲んだ事もあるNくんから、「精神病院に入院していて、今度帰宅する日に本を処分したい」という電話があったのは。予定の日に訪ねると、「息子が帰宅できなくなったので」と穏やかな表情の父親が部屋に案内してくれた。そして「すべて処分していいと言っているので、ご自由に使ってください」と言った。僕は何も考えずにただ淡々と査定を続けるしかない。Nくんが店に顔を出す事は、もう二度となかった。