ハリーとトント


この映画を観たのは20代前半の頃だ。居場所をなくした老人が猫と旅をする。その時、こんな風に生きられればそれでいいじゃないかと思った。店もないような淋しい町で一人暮らしをしていた頃の事だ。駅からの帰り道、ふと振り返ると白い猫がついてくる。その頃の僕はその日暮らしができれば良かったし、他の何ものかに興味もなかった。なのに部屋のドアを開けると、いつのまにかついてきた猫がするりと中に入った。酔って眠ると、隣で猫も寝ていた。翌日朝が来て「じゃあな」と別れたが、帰るとドアの前で待っていた。ここで眠りたいのなら勝手にすればいいと、ドアの横にある台所の窓を開けておく事にした。そんなある日、アパートの1階に住んでいる大家の婆さんから声をかけられた。僕の部屋に出入りをしている猫が、大家の飼っている猫とケンカをして怪我をさせたというのだ。餌やトイレの世話をした事もなく猫はただ勝手にいただけなのだが、動物の飼育は禁止でこのままではアパートを出て行ってもらうと、その前まではいつも優しく声をかけてくれていた大家が言った。仕方なく、部屋にいた猫を出会った場所まで連れて行く事にして外に出た。歩き出すと猫は後ろをついてきた。初めて会った場所で、「じゃあ」と折り返した。すると、とぼとぼと歩いている僕の後ろを同じようにとぼとぼとついてくる。そこでもう一度駅の方に向かって歩いた。そんな事を何度も繰り返して振り返ると、佇んでずっと僕を見ているあいつがいた。何度も何度も振り返って、泣いた。あいつとは「ハリーとトント」のように旅ができた。今でもそう思う。