枝線が好き


戻ってくる時間を思うと、遠くへ行く気が起きない。都心へと向かう混んだ電車はうんざりだし、江戸散歩の気分を味わえる寂れた町も変貌した。逆方向に向かえば、かっては数駅だけ乗れば旅気分を味わうこともできたが、八高線からボックス席が消えたのはもう随分と昔のことだし、高尾から先の中央本線でもほとんどなくなってしまった。もっとも現在の状況では缶ビールやワンカップを持って電車に乗ることもできない(最近は地上波でやっていないが、呑み鉄の六角精児はどうしているのだろう)。『徘徊老人の夏』を書いたのは種村季弘だが、徘徊老人が馴染める場所は少なくなった。
短時間で旅気分が味わえる、ローカル感のある短い路線が近くにあると嬉しい。都心なら東武亀戸線京成金町線はいい雰囲気なのだが、どちらの側の駅にも他の路線があるので、旅気分という感じではない。西新井から大師前までの1キロの東武大師線は、たった数分で終着駅にきた気分を味わえる。今の様子はわからないが、西新井大師は人もまばらな植木市をやっていたり、踏み台の上で知らない演歌歌手が新曲発表をしていたり、酒屋の前では日本酒をクイッと一杯ひっかけて、足早に去ってゆく江戸っ子がいたりと、ゆったりとした良いところだった。
多摩の近くには枝線(鉄道ファンは盲腸線というようだ)は多く、京王には東京競馬場多摩動物園、西武は豊島園、西武球場西武遊園地に行く路線があるが、休日はどこも賑わっている。西武のもうひとつの枝線である西武園競輪場に行く西武園線はいい。競輪の開催はどこも月に3日程度で、休日の開催があったとしても今ではG1以外では人もまばらで、のんびりとしたものである。枝線ではなく独立した路線だが、西武多摩川線もいいところだ。武蔵境から多摩川競艇場を通って是政まで6駅の旅ができる。武蔵境の駅は改築され、駅近くは高架になってローカル感はなくなったけれど、沿線は変わらない。競艇は開催日が多く毎週のようにやっているのだが、車内に混雑や喧騒はなく、是政には終着駅のいい雰囲気がある。
『街角の煙草屋までの旅』と書いたのは吉行淳之介だが、今日は少し足を伸ばして、近くにある終着駅に行ってみる事にしよう。