海景


深夜のETV特集で、杉本博司パリ・オペラ座で企画演出したイェイツの戯曲『鷹の井戸』のバレエ公演のドキュメントを観た。物語を読めば脳の中に映像は造られるが、それを具現化するのは大変な作業だ。杉本博司を写真家、観念芸術の作家として有名にした”海景”シリーズは美術館で観た。画面の中央に水平線があり、空と海のグレーのグラデーションの同じパターンの写真を世界の200箇所以上で撮っている。”ものを造る人"たちの熱量は圧倒的だ。私もカメラを持ち歩いていた頃がある。土門拳奈良原一高東松照明細江英公らの美しい白黒写真は観ていたが、何よりも暗く荒い粒子の森山大道中平卓馬の写真に刺激を受けたからだった。しかし水の波紋や断層、レンジファインダーのカメラをピンホールにして撮った町など、引き伸ばし機でプリントして数枚面白い写真があると満足し、すぐに飽きてしまった。杉本博司は現在、小田原に舞台や神社などもある予約・定員制の美術空間”江之浦測候所”を造っている。そこが彼の考える、”太古と現在””あの世とこの世”を結ぶ理想的な場所なのだろう。
店をやっていた頃、「一杯、つきあってくれ」と酒を持ってくるお客もいた。まだ仕事もあり、通勤も車だったので私にはノンアルコールビールだ。しかし飲みながら話していると、酔っているような気分になった。脳が酒の”楽しかった記憶”と錯覚し、ドーパミンをだしているのだ。ドーパミンの量はアルコールが消えていけば急速に減るが、ノンアルコールの時の方が長く持続することもわかっている。幸福感を得た場面の記憶が多くあれば、他の場面でも脳が"楽しい"と錯覚を起こす。酒や煙草が、仕事の人間関係などの嫌な記憶と結びついている人が気の毒でならない。同じ経験をしてもドーパミンがでる人もいれば、トラウマになる人もいるのだ。あの世もこの世も、すべては脳の中にある。