治ちゃん


橋本治が死んだ。小林信彦週刊文春の連載で『治ちゃん』と書いていたが、権威とは無縁の人で敬意を込めてつい『治ちゃん』と言いたくなる。哲学や文学の耳触りの良いワンフレーズは使わず、ややこしい事をただややこしく『考え続ける人』だった。今、耳にする伝統や道徳といったものは明治以降につくられたものだ。そういう人たちに都合よく日本文化が利用されないために、「窯変 源氏物語」「桃尻語訳 枕草子」「橋本治古事記」「ひらがな日本美術史」といった多くの著書で、彼らの論拠を断ってきた。なくてはならない人がいなくなっていく。考える事をやめてしまえば、いつか正義が世界を滅ぼすだろう。現在ETVで放映中の『フランケンシュタインの誘惑』は、原爆の開発、水爆の製造、ロボトミー手術など科学者が思考停止に陥っていく証言記録の番組だ。
平成の終わりに内田裕也萩原健一も死んだ。叩かれる恐怖で叩く側に回る神経症の時代に、弱者の気持ちに寄り添うことができるアウトローたちの居場所ももうない。